はじめに
SNSやnoteなどで、「行政書士では仕事が来ない、だから他士業(社労士・司法書士・税理士など)のダブルライセンスを目指すべきだ」という同業者からの投稿を時々目にします。
この記事では、そのような思考ではなぜうまくいかないのか、同時に、これから行政書士を目指している方に向けて分析をしてみようと思います。

匿名の愚痴か、実名での「文責」か
まず、こうした主張がnoteやSNSに匿名として書かれている点に、問題の一端が表れています。
私は、専門家が情報発信をするなら、自分の名前と事務所名を明示した自分のホームページやオウンドメディアに書くべきだと考えています。なぜなら、名前と顔を出さない発信には「責任」が伴わないからです。間違った情報を発信しても、炎上すれば記事を消せばいい。それで済んでしまいます。
士業の仕事は、依頼者の人生や事業に直接影響します。その専門家が、自分の名前すら出さずに「○○はやめとけ」と発信している状況は、それ自体が専門家としての姿勢を疑わせます。
もちろんnoteで情報発信すること自体は否定しません。しかし、できれば(同時に)自分のホームページにコラムとして書く方が、読者にとっても「誰が書いたか」が明確で信頼性が増し、書き手自身の検索の流入にも繋がると思います。
仕事が来ない原因を「資格」のせいにする他責思考
「行政書士では稼げないから他士業の資格を」という主張の根本的な問題は、うまくいかない原因を「外側の要因」に求めている点にあります。資格は「業務を行う許可証」であって、「仕事が来る保証」ではありません。
仕事が来ない本当の原因は、
①誰に
②何を提供する専門家なのかが不明確であり
③それを知ってもらう活動が不足している
という三点に集約されます。
行政書士のある業務を専門と宣言しては早々に諦め、別の業務に転換してはまた縁がないと嘆くように、自身のポジションを確立できていない方が他士業に乗り換えても、同じパターンが繰り返される可能性が高いでしょう 。
他の士業も、業務範囲が「より明確」というだけで、顧客の獲得競争が少ないわけではありません。関係構築・信頼の蓄積・差別化という本質的な課題は、どの士業でも同じです。
ダブルライセンスは「武器」になるが「代替」にはならない
ダブルライセンスの効果を否定するつもりはありません。私自身も行政書士になって以降にビジネス著作権検定上級や、知的財産管理技能士2級の資格を取得しましたが、これは私の専門性(クリエイターを支援する権利関係の整備やサポート)を強化する武器になりました。
他にも、行政書士+社労士、行政書士+宅建、行政書士+ファイナンシャルプランナーなど、組み合わせによってはクライアントへの提供価値は広がります。
しかし重要なのは、「あくまでも行政書士としてのポジションが主体であること」が前提です。
まだクライアントが安定していない段階で難関資格の勉強に時間を割くことは、本来その時間に行うべき「関係構築・情報発信・地域活動」の機会を失うことと同じです。
特に、中小事業者を相手とする地域密着型の行政書士であれば、別の難関資格の取得に何年もかけるより、その時間で地域の100人に顔を覚えてもらう方が、よほど効果があると思います。

「隣の苑生」には見えないコストがある
「他士業の方が定期的な仕事が取りやすい」という主張には、もう一つ重大な見落としがあります。それは、別の士業に移ることで発生する「業務習得コスト」を軽視している点です。
別の士業の試験に合格しても、実際にお客様から信頼されるためには、その士業特有の実務経験を行政書士とは別に一から積んでいかなければなりません。行政書士で「実務が難しい」と感じているのと同じ問題が、別の士業になっても形を変えて繰り返されるのです。
また、社労士・税理士・司法書士の各業界も、すでに同業者が長年にわたってしのぎを削っているフィールドです。「行政書士より稼ぎやすい」ように見えるのは、その業界の内側の競争が見えていないからにすぎません。新参者が既存の顧問先を持つベテランと同じ土俗で戦うことの難しさは、士業共通の課題です。

むしろ、行政書士は他の士業と比べて業務の差別化がしやすいという面で、大きな優位性を持っています。許認可・契約書・著作権・補助金・法人設立・外国人在留資格・農地転用・民泊など、幅広い業務領域に関われる分、自分のバックグラウンドや地域特性に合わせた「オリジナルの専門領域」で勝負しやすい士業でもあります。
「業務範囲が広すぎて何をすればいいかわからない」という行政書士の悩みは、裏を返せば「自分だけのポジションを作る余白がある」ということです。
私自身の経験から
私は行政書士として開業する以前に、IT業界で約20年の実務経験があり、「TO-MAX」として約20年の音楽活動も行ってきました。この二つの軸が、著作権・デジタル関連手続き・クリエイター支援という現在の事務所の専門領域に直結しています。
長浜市という人口10万人規模の地方都市で活動していますが、それを「市場が小さい」という制約だとは感じていません。むしろ、湖北地域のクリエイターや事業者と顔の見える関係を築けることを強みと考えています。地元の音楽イベントへの参加、著作権講座の開催、地域活動団体との連携。こうした積み重ねが、信頼資産に繋がっています。
石の上にも三年 — これから行政書士を目指す方へ
「石の上にも三年」ということわざは古くさく聞こえるかもしれませんが、新しく事業を始めるということにおいては、概ね正しいと私は考えています。
私が長年お世話になっている、キャリア50年の散髪屋のご主人がいます。ご主人も開業してから最初の1〜2年はまったく食えず、本当に辞めようと思っていたそうです。そんなとき、担当の税務署の職員に「まだやめるな!」と強く釘を刺された。それで思いとどまり、今日まで続けてこられたと話してくれました。
税務署の担当者が廃業を思いとどまらせる。今では考えにくい距離感ですが、ある意味で昭和らしい人情味のあるエピソードです。そして同時に、開業初期に辞めたくなるのは特別なことではなく、むしろごく普通のことなのです。

士業の開業も同じで、最初の1〜2年は認知がなく、紹介もなく、信頼関係もゼロから積み上げる時期です。これは今活躍されていらっしゃるほとんどの行政書士の先生にとっても、そうだったのではないでしょうか。
その時期に「稼げないのはこの資格のせいだ」と結論づけて他の士業に乗り換えても、また同じ1〜2年が始まるだけです。積み上げてきた経験・人脈・地域での認知がリセットされ、習得コストだけが加算されていきます。
仕事を変える前にまず「3年、同じ場所で同じ人たちに向き合い続けたか」を自問することが先決ではないでしょうか。
行政書士は、誰のためにどの分野で専門性を発揮するかを自分で決められる、非常に自由度の高い仕事です。
「自分が誰のために何ができるか」を明確にし、泥臭くお客様と向き合い続ける覚悟があれば、必ず道は開けると思います。